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大阪地方裁判所 平成5年(ヲ)5514号 決定

主文

本件申立てをいずれも却下する。

理由

第一、申立ての趣旨及び理由

別紙の「申立の趣旨」及び「申立の理由」に記載のとおり。

第二、当裁判所の判断

1. 記録によれば以下の事実が認められる。

(1)  基本事件の債務者権所有者である株式会社日建企画(以下「日建企画」という。)は、平成二年五月三〇日、その所有する別紙物件目録記載(1)の土地(以下「本件土地」という。)につき、自己の申立人に対する証書貸付取引等に基づく債務を担保するため、根抵当権(極度額二八億八〇〇〇万円)を設定し、同日、その旨の根抵当権設定登記がなされた。

その後、日建企画は、本件土地上に別紙物件目録記載(2)の建物(以下「本件建物」という。)を建築し、これについても、同年一二月二〇日、前記と同様の債務を担保するため、本件土地に設定された前記根抵当権との共同担保として、根抵当権(極度額三二億四〇〇〇万円)を設定するとともに、前記根抵当権(本件土地に設定された根抵当権)について極度額を三二億四〇〇〇万円に変更し、同日、その旨の各登記がなされた。

(2)  その後、本件土地及び本件建物(以下「本件各不動産」と総称する。)については、大阪国税局が滞納処分を開始し、平成四年一月三一日、その旨の差押登記がなされた。

(3)  申立人は、前記(1)の根抵当権の実行として、本件各不動産について競売の申立てをした。当裁判所は、この申立てに基づき、平成四年八月三一日、本件各不動産につき不動産競売開始決定をし、同年九月一日、その旨の差押登記がなされた。

(4)  当裁判所から本件各不動産の現況調査を命じられた大阪地方裁判所執行官は、平成四年九月一二日から平成五年二月一六日までの間前後五回にわたり現地に赴くなどして、現況調査を実施した。その結果、本件建物の二階部分は相手方株式会社オラクル(旧商号五起産業株式会社。以下「相手方オラクル」という。)が、三階部分は相手方岡本マーケットプランニング株式会社(以下「相手方岡本MP」という。)が、四階部分は相手方株式会社オフィスシンワこと松本又亮(以下「相手方松本」という。)が、七階部分は相手方創成建設株式会社(以下「相手方創成建設」という。)が、それぞれ占有していることが判明した。また、本件建物の三階部分は、相手方幸大商行株式会社(以下「相手方幸大商行」という。)が相手方岡本MPとともに事実上これを使用していることも判明した。

(5)ア  相手方オラクルは、「平成四年二月一九日、日建企画との間に、本件建物の二階部分について、期間を同日から平成七年二月一八日までの三年間、賃料を月額四四万円、保証金を一〇〇〇万円とする賃貸借契約を締結し、平成四年三月二〇日、これに入居した。保証金と二年分の賃料は、上記契約の日にすでに支払っている。」旨主張し、その主張にそった賃貸借契約書及び領収書が存在する。

イ 相手方岡本MPは、「平成四年二月一九日、日建企画との間に、本件建物の三階部分について、期間を同日から平成七年二月一八日までの三年間、賃料を月額四四万円、保証金を一〇〇〇万円とする賃貸借契約を締結し、平成四年三月二〇日、これに入居した。保証金と二年分の賃料は、上記契約の日にすでに支払っている。」旨主張し、その主張にそった賃貸借契約書及び領収書が存在する。

ウ 相手方幸大商行と日建企画との間には、「日建企画は、相手方幸大商行に対し、本件建物の三階部分を、期間は平成四年二月二〇日から平成七年二月一九日までの三年間、賃料は月額四四万円、保証金は一〇〇〇万円との約定で賃貸する。」旨の賃貸借契約書が存在する。

エ 相手方松本は、「平成四年二月一日、日建企画との間に、本件建物の四階部分について、期間を同日から平成六年一月三一日までの二年間、賃料を月額三五万円、保証金を一四〇〇万円とする賃貸借契約を締結し、上記契約の日、これに入居した。」旨主張し、その主張にそった賃貸借契約書が存在する。

オ 相手方創成建設は、「平成四年二月一九日、日建企画との間に、本件建物の七階部分について、期間を同日から平成七年二月一八日までの三年間、賃料を月額二七万円、保証金を五〇〇万円とする賃貸借契約を締結し、平成四年三月二〇日、これに入居した。保証金と二年分の賃料は、上記契約の日にすでに支払っている。」旨主張し、その主張にそった賃貸借契約書及び領収証が存在する。

なお、相手方創成建設の主張にそった賃貸借契約書としては、平成四年二月一九日付けのものと、同年一月三一日付けのものと、まったく同一内容の契約書が二通存在している。

(6)  相手方幸大商行と日建企画との間には、前記(5)ウの賃貸借契約書のほかにも、「日建企画は、相手方幸大商行に対し、本件建物の一階部分を、期間は平成四年二月一九日から平成七年二月一八日までの三年間、賃料は月額五〇万円、保証金は一〇〇〇万円との約定で賃貸する。」旨の賃貸借契約書が存在するとともに、「日建企画は、上記契約の日、上記賃貸借契約書に基づく保証金と二年分の賃料を、相手方幸大商行から受け取った。」旨の領収証が存在する。

しかし、前記執行官が本件建物に臨んで現況調査を行った際には、相手方幸大商行が本件建物の一階部分を占有している形跡は認められなかった。

(7)  日建企画は、平成四年一二月一七日午後一時三〇分大阪地方裁判所によって破産宣告を受け、弁護士横井貞夫がその破産管財人に選任された。

同破産管財人が、日建企画の関係者から事情を聴取したところ、相手方オラクル、同岡本MP、同幸大商行及び同創成建設が支払ったと主張する保証金及び二年分の前払賃料については、実際の授受はなかった旨の陳述を得、これを裏付ける次のような書面を入手した。

ア  相手方創成建設、同岡本MP、同オラクル及び同幸大商行の「全権代表者」としての相手方創成建設代表取締役田中晃と日建企画代表取締役工藤明との間で作成された、「上記相手方四名に対して発行された本件建物の賃貸借契約に関する保証金及び前払賃料についての領収書は、いずれもこれに対応する現実の金銭の授受が伴わないものであることを確認する。」旨の平成四年二月一九日付けの確認書。

イ  相手方創成建設代表取締役田中晃が作成した、「本件建物の七階部分についての平成四年一月三一日付け賃貸借契約書に関し、保証金として五〇〇万円が授受されたことになっているが、実際には授受されていないことを確認する。この賃貸借契約書の使用用途は、許認可申請のみとし、他の用途に使用することはしない。」旨の、日建企画代表取締役工藤明あての平成四年九月一一日付けの確認書。

2. 以上の事実に基づいて、本件申立ての当否について検討する。

(1)  相手方オラクル、同岡本MP、同幸大商行及び同創成建設

(以下、これらの相手方四名を「相手方オラクルら」と総称する。)に対する申立てについて

ア  申立人は、相手方オラクルらに対し、本件建物の各占有部分から退去することを命じる保全処分を求めている。しかし、本件においては、相手方オラクルらが本件建物の各占有部分を占有していること自体が本件建物の価格を著しく減少する行為であると認めることはできない。その理由は、以下に述べるとおりである。

a 相手方オラクルらの主張する各賃貸借契約は、〈1〉滞納処分による差押の直後に締結されていること、〈2〉賃料に比して保証金の額が高額であること、〈3〉二年分の賃料が前払いされたこととされていること、以上の諸点を考慮すると、通常の用益を目的としたものとは認め難い。さらに、前記1(7)で認定した事実によれば、相手方オラクルらが主張する各賃貸借契約について保証金や前払賃料が支払われた事実は存在せず、したがって、その各賃貸借契約書自体も真実に合致しない架空のものである蓋然性が高いものと認められる。また、前記1(6)で認定した事実に照らして考えると、本件建物の三階部分について作成された相手方幸大商行と日建企画との間の賃貸借契約書も、同相手方が実際に本件建物の三階部分を使用することを目的として作成されたものであるのかどうか、極めて疑わしいといわなければならない。

これらの諸事情を総合考慮すると、相手方オラクルらの主張する各賃貸借契約は、本件各不動産に対する執行を妨害するために仮装されたものであると推認するのが相当である。

b 以上によれば、相手方オラクルらは、民法三九五条所定の短期賃貸借の保護を受ける賃借権者には当たらないものというべきである。したがって、相手方オラクルらの占有は、民事執行法一八八条、八三条所定の引渡命令によって、容易に排除することが可能である。

このように引渡命令によって容易に排除可能な占有については、占有の態様が悪質であるなど、引渡命令が発せられることを考慮してもなお売却の妨げとなると認められる特別の事情が存在する場合を除き、原則として、その占有していることをもって不動産の価格を著しく減少する行為であると認めることはできないものというべきである。

ところが、本件においては、このような特別の事情が存在することにつき、その疎明がない。

c したがって、相手方オラクルらに対し本件建物の各占有部分からの退去を求める申立ては、相手方オラクルらが本件各不動産の価格を著しく減少する行為(またはそのおそれのある行為)をし、またはその行為をするおそれがあるとの点につき疎明がないから、理由がないものといわなければならない。

イ  申立人は、また、相手方オラクルらに対し、占有移転の禁止を命じる保全処分を求めている。

しかし、本件においては、相手方オラクルらが本件建物の各占有部分を他に移転しようとしていることが、一般的・抽象的な可能性にとどまらず、具体的に相当の蓋然性をもって予想されるとまでは認められず、この点についての疎明がないものといわなければならない。

したがって、相手方オラクルらに対し占有移転の禁止を求める申立ては、相手方オラクルらが本件各不動産の価格を著しく減少する行為(またはそのおそれのある行為)をし、またはその行為をするおそれがあるとの点につき疎明がないから、理由がないものというべきである。

ウ  以上のとおりであるから、申立人の相手方オラクルらに対する申立ては、いずれも理由がない。

(2)  相手方松本に対する申立てについて

ア  民事執行法五五条によれば、同条による保全命令を発することのできる相手方は、「債務者」に限られている(なお、同法一八八条により同法五五条を準用する場合には、そこにいう「債務者」とは、「債務者又は所有者」と読み替えるべきである。)。したがって、原則として、基本事件の債務者兼所有者である日建企画以外の者に対しては、同法一八八条、五五条の保全処分を命じることはできない。

イ  もっとも、占有補助者その他債務者又は所有者と同視できる者に対しては、債務者又は所有者以外の第三者であっても前記保全処分を命じることができるものと解される。しかし、本件においては、相手方松本が前記日建企画とどのような関係に立つのか、これを明らかにする疎明賃料は存在しない。したがって、相手方松本については、前記の所有者又は債務者と同視できる者に該当するかどうかについて、的確な疎明がないといわなければならない。

ウ  なお、「執行妨害の目的で債務者又は所有者の関与のもとに占有する者は債務者又は所有者の占有補助者に該当し、そのような占有者に対しては民事執行法一八八条、五五条の保全処分を命じることができる。」とする見解も存在する。このような見解のもとでは、〈1〉相手方松本と日建企画との間の賃貸借契約が滞納処分による差押の直後に締結されていること、〈2〉その賃貸借契約においては、賃料に比して保証金の額が高額であること、〈3〉日建企画は、賃貸借契約書の作成に関与し、相手方松本が本件建物の四階部分を占有することを許容しているものと認められること、以上の諸事情にかんがみると、相手方松本に対して前記保全処分を命じることができるとする余地も存在するであろう。

しかし、上記のような事情の認められる占有者であっても、固有の利益に基づいて占有する者も存在し得るのであるから、このような者を常に占有補助者ないしは占有補助者と同視できるものとするのは相当でないといわなければならない。

エ  以上によれば、相手方松本に対して民事執行法一八八条、五五条の保全処分を命じることはできないと解すべきである。

したがって、申立人の相手方松本に対する申立ては、理由がない。

3. よって、主文のとおり決定する。

申立の趣旨

1. 相手方らは、各自に対する本決定送達後五日以内に、相手方株式会社オラクルにおいて別紙物件目録に記載の建物二階部分から、相手方岡本マーケットプランニング株式会社および同幸大商行株式会社において同建物三階部分から、相手方(株)オフィス・シンワこと松本又亮において同建物四階部分から、相手方創成建設株式会社において同建物七階部分から、それぞれ退去せよ。

相手方らは破産者株式会社日建企画破産管財人横井貞夫以外の者に、本件建物の各自の占有部分の占有を移転しまたはその占有名義を変更してはならない。

2. 執行官は、相手方らが本件建物の各自の占有部分から退去するまでの間、相手方ら各自の占有部分につき相手方ら各自に対し第1項の命令が発されていることを公示しなければならない。

との決定を求める。

申立の理由

1. 申立人は、申立外株式会社日建企画(以下日建企画という)に対し、平成二年五月三〇日、オフィスビル用地(別紙物件目録(1)記載の土地、以下本件土地という)の取得資金として金二四億円を、同年一二月二〇日同地上本社ビル(別紙物件目録(2)記載の建物、以下本件建物という)の建築資金として金三億円を貸渡し、本件土地については平成二年五月三〇日設定、同年一二月二〇日変更の、本件建物については平成二年一二月二〇日設定の、各極度額を三二億四千万円とする根抵当権を有している。

(以上甲一ないし四号証、金銭消費貸借契約証書、領収書、抵当権設定契約証書、同変更契約証書、登記簿謄本)

2. 日建企画は、不動産の仲介・売買・賃貸等を業とする会社であるところ、平成三年三月期決算では約二五億円の、平成四年三月期の決算では約三七億円の、各赤字を出し、平成三年ころから借入金の支払も停止する状態で、和議申立を検討するような状況になり、同年一二月には在職従業員三四名のうち二〇名以上が退職したが退職金も支払えない状態であって、同年一一月以降不動産外について順次滞納処分により差押えられるようになった。

(以上甲五号証、管財事務遂行状況報告書(1)2頁~6頁)

申立人からの借入金については、土地に関する貸付金について平成三年五月三一日分以降、建物に関する貸金については同年四月三〇日分以降、いずれも分割金の支払を停止している。本件土地、建物については、平成四年一月三一日、大阪国税局がこれを差押え、差押登記がなされている。

3. 申立人は、本件土地建物について御庁に前記抵当権にもとづく競売を申立て(平成四年(ケ)第一四七一号)、平成四年八月三一日同開始決定があった(甲六号証)。

ついで日建企画から破産申立がなされ(御庁平成四年(フ)第三二五八号)、平成四年一二月一七日午後一時三〇分破産宣告があり、申立外弁護士横井貞夫が破産管財人に選任された(甲七号証)。

4. しかるところ、前記競売事件における執行官の現況調査(甲八号証)および前記破産事件における管財人の調査の結果次のような事実が明らかとなった。

(1) 大阪国税局の前記差押後、平成四年二月ころ以降、相手方株式会社オラクル(平成五年五月二一日に変更前の商号五起産業株式会社、以下五起産業という)が本件建物の二階部分を、相手方岡本マーケットプランニング株式会社(以下岡本という)および幸大商行株式会社(以下幸大商行という)が本件建物の三階部分を、相手方(株)オフィス・シンワこと松本又亮(以下松本という)が本件建物四階部分を、相手方創成建設株式会社が本件建物七階部分を、それぞれ現に占有していること(甲八号証)。

(2) 五起産業、岡本、幸大商行、創成建設はグループ会社であって(甲八号証)、役員が共通していること(商業登記簿謄本、前川光次は右四社の取締役、田中晃は岡本、幸大商行、創成建設の取締役、藤原康弘は五起産業、幸大商行の監督役ないし代表取締役で創成建設の前取締役)。

(3) 日建企画と相手方らとの間で契約書が作成されているが、松本との間の契約が平成四年二月一日付であるほか、前記グループ会社との間の契約日付はいずれも同月一九日付(幸大商行については同月二〇日付)でなされていること(甲八ないし一三号証)。

(4) 日建企画と相手方らとの賃貸借契約においては、契約期間の賃料が前払されたことになっているが、保証金、前納賃料の現実の授受はなく、右支払の旨の領収書は仮装のものであること(甲九ないし一号証)。なお、松本の関係ではグループ四社の場合と事情を異にしているようにも思われるが、松本は事情の詳細を明らかにしていない。

(5) 相手方らは約定したという賃料を支払っておらず破産管財人から賃料支払の督促を受けていること(甲九ないし一三号証)。

5. 以上のとおりの事情からすると、相手方らの日建企画との賃貸借契約を理由とする各占有は、日建企画の同意のもとになされ、執行妨害の実質を有するものであって、このような占有が競売、入札に著しい悪影響を与え、不動産の価格を著しく減少させることは明らかである。

よって民事執行法五五条により申立の趣旨記載の決定を求める。

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